Talk about 6 石川康彦

あの時代 石川康彦

 当時あこがれだったF86セイバー5機が青空に五輪の雲を描き、新しい時代の到来を教えてくれたのが1964年のことだった。それから間もなく、近所のレンズ研磨工場から、毎週日曜日の午前中に衝撃のサウンドが聞こえてくるようになった。その音は、少年だった私の心の奥にまで達し、その後の人生に大きな影響を与え続けた。それは、テケテケと表現されたエレキギターのサウンドだった。
 ほどなくベンチャーズの曲がラジオから流れ、ビートルズも世界的なヒットを産み出し、海外の熱いサウンドが日本を包み始める。まるで発芽のような戦後日本の文化革新期のはじまり。
 岡村さんが日宣美の特選を受賞した1961年は、ウォーホルがモンローのシルクスクリーン版画を発表した年になる。キャンベルスープの版画も同年。
岡村さんが連続で日宣美を受賞した1962年には、ビートルズやストーンズがイギリスでデビューし、テレビではコルベットでアメリカを横断する「ルート66」の放映が始まっていた。新しいサウンドが時代の気分を作り出し、それまでの主流だった歌謡曲はだんだん下火になっていく。ヨーロッパやアメリカの文化が、普通の家庭の中に怒濤のように浸透して来た。少し遅れて、ピーターマックスやプッシュピンスタジオなどの新しいグラフィック表現を目にするようになり、ロックやサイケデリックなど新しい感覚の出現は、日常生活にも大きな刺激とモチベーションを与えていた。そして、同じ時期にジミ・ヘンドリクスやエリック・クラプトンもデビューしていたのを、驚きをもって知ったのは大分後のことだった。
 岡村さんの制作人生のスタートは、この新しい文化創始の鼓動とピッタリ同期している。それまでの図案家がグラフィック・デザイナーとなった時代。
あらためて、岡村デザインを見てみると、広告のレイアウトが非常に緻密であることが伺われる。DTPになった今でもその緊張感は魅力的。面白いのは、イラストがこの緊張感から解放されて、画家・岡村昭和が出てしまう事である。絵とは少し違う色使いやバランス感覚が、この画集には掲載されていない雑誌等で魅力を発揮している。画家とデザイナーの融合が、私にはとても魅力的で、今に至っても古くならないタイポグラフィー感覚で、あの時代に、多くの作品をデザインした事がうかがい知れる。さらに広告が持つ宿命的な表現への拘束・自己規制が、絵に向かわせたのも大きな要因だろうと想像できる。
 1967・68年には、「ピンクフロイド」や「レッドツェッペリン」がデビューし、いまや神となってしまった「ジミ・ヘンドリクス」が、1969年「フィルモアイースト」で華々しくデビューを飾る。「フィルモアイースト」と言えば、そのライブハウスがあった建物の三階に今でも写真家/彫刻家の郷津雅夫さんの自宅がある。後に起こる中国の文化大革命は日本の少年への影響は少なかったけれど、この音楽とデザインのうねりは、多くの人生を変え、世の価値観も劇的に変化させたと言えよう。そしてジミ・ヘンドリクスのデビューと同じ年に、40万人以上集めたあの伝説の「ウッドストック」が開催されている。
 岡村さんは、この大きな世界的規模のエネルギーの流れの中で1974年アドバタイズを設立し、新たなデザイン活動を開始する。高い実績で素晴らしいクライアントにも恵まれ、デザイナーとしてその時代を牽引する一人だった。当時スーパースターだった横尾忠則が日宣美で受賞した2年後に、その同じ日宣美で特選を受賞した岡村昭和という才能を、時代が放置する訳は無かったであろう。
 アドバタイズ設立の翌年には、岡村さんの友人「上村一夫」が「同棲時代」を大ヒットさせる。もうひとりの友人「山村雅昭」が伊奈信男賞を受賞したのは1976年になる。岡村さんは、山村さんの写真集である「花狩」を1988年に出版している。これは、岡村さんがプロデュースした「ポール・ジャクレー」の木版画展の開催と、「郷津雅夫」のニューヨークでの個展と偶然にもシンクロする。そして、郷津雅夫さんは1985年に伊奈信男賞を受賞し、90年にはフランスの写真展で金賞を受賞。またもや岡村さんは1990年に、郷津雅夫さんの写真集『NewYork』を出版している。その様な中で、アドバタイズコミュニケーションを設立し、同時期に岡村さんは絵の制作に没頭し始めることになる。

 時代と同期し、実際にその時代を牽引できる人はそうはいない。私からみれば、岡村さんは雲の上の存在。そんな岡村さんと知り合え、魅力的な人柄に接し、今はこの画集を制作している。 高校をサボり日比谷の映画館でビートルズを見ながらデザインの道を選択した当時の私には、想像もできないこと。そして第二波である現代のデジタル革命。岡村さんは少し先輩だが、我々世代は、この二つの大きな文化革命の波の中を、比較的平和な中でサーフィンできた最初と最後の幸せな世代なんですね、岡村さん。

作品 石川康彦(イシカワ・ヤスヒコ)
■ 1953年東京生まれ。多摩美卒業後、石川デザイン事務所として活動。グラフィック・プロダクトデザイン、そしてコマーシャル撮影を行う。2012年NYと福井県で写真個展。2015年、岡村さん達とNYで「The 5」展。同時に尾道美術館で二人展。グッドデザイン賞など。