切り絵の時代

「黒」の純朴美をどう息づかせるか。

切り絵の歴史は、遠く古代にまで遡る。古くは、神道の儀式に切り絵が使われていたそうである。
飛騨高山地方などには、紙漉きによる和紙づくりがはじまった奈良時代から伝わる切り絵の伝統的な様式がいまも残されているが、
黒と紙の地色のみで表現する切り絵のシンプルな美しさには、時代を超えて人の心をそよがせてくれるものがある。
   かつて浮世絵の彫師たちが愛用した日本独特の「彫刻刀」と1000年を超える歴史を持つ「和紙」と「黒紙」─切り絵の道具と材料も、いたってシンプルである。
 ヒトの肉体を容易に切り裂くことのできる鋭利な彫刻刀ならではの「切り口」には、一種痛快で、かつ優美な美しさが宿り、切り絵特有の「匂い」を放っている。
   そうした「匂い」に惹かれて、彫刻刀を握り、黒紙を切りつづけてきた集大成が「切り絵の時代」の作品たちである。
   切り絵表現の決め手ともいえる「黒」の純朴美をどう息づかせるか。
  作品の最後の仕上げにあたって試みたのは、和紙に直接複写処理を施すという新しい手法であった。
和紙という素材に対して、最新のコピー・マシンは、どのような反応を示してくれるか。その結果は、意想外のうれしいものであった。
現代の複写科学と伝統的な和紙という素材が、意外なほどのなめらかさで融合しあい、なんともいえぬ「匂い」を発する「黒」にたどり着くことができたのだった。
   和紙に生き生きと、あざやかに定着された複写の「黒」の不思議な美しさ。和紙という古い器に盛られた新しい酒の「匂い」を感じとることができたのだった。
   切り絵の「黒」には、伝統を超えてのびやかに遊ぶ自由さがもっとあっていいと思う。

  • ジェームスとトニー 1996
  • 黒い睡蓮 1995
  • ゆだねる心 1996
  • ゆだねる心 1996
  • ナガサキアゲハの突然変異 II 1995
  • オオハチドリ 1995